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ダイバーシティを体験する: 『Ainu|ひと』上映の振り返り

ダイバーシティを体験する: 『Ainu|ひと』上映の振り返り

bay

最終更新日 2022年4月15日

はじめに

アクセシビリティに伴うこと、ASTEMの仕事と個人的な生活でいつも心がけていきたいことと言ったら、ダイバーシティと人権の意識です。現代社会の市民として、これからグローバルな視点の広がりを目指している会社の社員としては、エンパシーを持って様々なルーツのある人との交流ができるのは非常に大事だと思います。ASTEMは「Bring Accessibility」でSDGsに沿ってアクセシビリティの提供が進めています。障害者のニーズを応える時、オープンマインドで様々の意見を取り入れようとする考え方は大切にしたいです。1つのマイノリティーグループに限られていなく、LGBT/SOGIコミュニティや少数民族などのニーズを応えるときのキーポイントになると思います。

人権に関するエンパシーとダイバーシティの知識を高めてこれからも意識を培っていくために、あまり知られていないマイノリティーの意見を理解したいと思って、3月26日に国立民族学博物館(大阪府吹田市)で開催された「Ainu|ひと」というドキュメンタリー映画の上映に参加しました。26日以前に、国立民族学博物館の展示に関連して上映される予定でしたが、COVID-19のために延期されてしまいました。

▼上映のチラシ

▼ドキュメンタリー映画「Ainu | ひと」予告編

溝口尚美監督について

平取町立二風谷アイヌ文化博物館を含めてアイヌ文化を守ることを目的にした団体との連携で制作されて、アイヌ民族である4人のお年寄りのストーリーを中心にした映画です。日本国内でもあまり知られていないトピックにユニークな視点と親しい雰囲気を持ち込んだ作品です。

プロデューサー、ディレクター、カメラマン、エディタは溝口尚美さん。

兵庫県で生まれ育った溝口監督は、南アメリカの先住民族との協働で映像制作をした経験をきっかけに、2008年から母国日本の先住民族のことをもっと知りたくなり、アイヌ民族との深い繋がりが北海道沙流郡平取町ではじまったそうです。

現在は画楽フィルムズ(GARA FILMS)という映画制作会社の創設者ですが、2014年までCineMinga Internationalというニューヨーク州のNPOの共同設立者でした。CineMinga International のホームページより:

ワークショップと映画制作ツールを市民メディアプロジェクトとして提供すること…世界中のフィルムメーカーやその他の人々と協力して、多様な視点を反映したストーリーを制作する」ことを目的としたNPOでした。数年をかけて溝口監督は「コロンビア、エクアドル、ネパールに機材を持って、時間と労力を割いて現地の人に自分たちでビデオを作ることを教え、この活動を続けるための機材を残しました。

コロンビアで撮影した動画は複数の言語に翻訳されて、さまざまな国際映画祭で賞賛されました。『アイヌ|人』は2019年にリリースされて、特に世界中の先住民族に関連のある映画祭で上映されました。

26日のイベント、上映とその後のディスカッションはリモート開催もありましたが、対面式で参加しました。監督本人はニューヨーク州からビデオ会議で参加されました。

個人的なつながり

実は私は以前からこの映画と溝口監督自身に個人的なつながりがあり、この上映自体も監督のSNSで知りました。溝口監督が2018年夏に北海道・二風谷を訪問したとき、私は平取町立二風谷アイヌ文化博物館でインターンシップをしていて、なんと同じゲストハウスに泊まっていたのです!その時に溝口監督は映画のことを教えてくれて、それ以来監督の作品に期待していました。 

実際に始めてアイヌ民族のことを知ったのは大学生のときでした。日本語の先生は北海道出身で、アイヌ民族のことをよく勉強した人でした。大学2年生で夏のリサーチやインターンシップの機会を調べていたときに、日本語・日本文化だけではなく言語学、異文化交流にも興味があると伝えました。「そうだったら、白老町のアイヌ民族博物館(現在:国立アイヌ民族博物館)のインターンシップに申し込んでみたら?北海道だからそこで日本語も活用できるし、異言語と異文化も経験できると思う」と言って背中を押してくれました。それに加えて、アイヌ民族の言語は一般的に「孤立した言語」と言われていると知って、非常に興味深いと思ったのです。その時からアイヌ語とアイヌ文化をもっと勉強することにしました。

2016年のインターンシップはとてもいい経験となり、翌年には平取町立二風谷アイヌ文化博物館のインターンシップにも申し込んで、同じ先生が担当する北海道アイヌ民族夏研究プログラムにも申し込みました。その経験で習ったことをもとにして卒業論文のテーマを「アイヌ民族の神話・口承文芸と日本神話」にしました。

▼2018年、平取町立二風谷アイヌ文化博物館の森岡館長(右) と私(左)

上映の印象

ドキュメンタリー上映の会場に入った瞬間に、伝統的なアイヌ民族の音楽が流れていることに驚きました。録音されたところや地域以外であまり聞かれない伝統的な音楽を聞きながら、同時に懐かしさと嬉しさが溢れてきました。エムㇱリㇺセ(剣の舞)とクリㇺセ(矢の舞)、ムックリ(口琴やjawharpに似ている楽器)の曲などが流れていました。

▼エムㇱリㇺセの動画


▼関根麻耶の「アイヌの楽器 ムックリのコツ!!」動画

国立民族学博物館の人類文明誌研究部の準教授齋藤玲子さんが国立民族学博物館とアイヌ民族の繋がりを説明した後、ドキュメンタリー上映が始まりました。

二風谷の4つの季節を表すため、そしてアイヌ民族のお年寄り4人の話を表すために、映画は4つのパートに分けられていました。4人の主人公は皆1930年代に生まれ、現在もアイヌ文化やレガシーを守るために様々な活動をされていますが人により活動は異なりました。

映画のウェブサイトより

差別と貧乏を経験した人、伝統的な縫物を作る人、祖母のカムイユカラ(口承文芸)を聞き覚えている人、イオマンテ(熊送り)などの儀礼儀式を小さい頃に見聞きした人。文化伝承のために、地域のリーダー的存在として、積極的に活動する。昭和から平成のアイヌの変容を示す生き証人でもある「ひと」の姿を描いたドキュメンタリー。

溝口監督自身はアイヌ民族のルーツはありませんが、主人公に深い歴史のある場所の映像や主人公自身の家で撮影された映像の使用で、観客は親密に、誠実な気持ちで登場人物に近づくことができました。

最初から最後まで、溝口監督はドキュメンタリーで登場人物自身のストーリーを自然に語れるように心がけています。上映後のディスカッションでは「インタビューを録画するときに感じる距離感」を避けて、一番自然な話し方を捉えたかったことを発言していました。

過去の話、例えば昔のアイヌコタン(村)の白黒アーカイブ映像や4人の子どもの頃の話(その中で差別と辛い時の話も含まれて)がドキュメンタリーの大部分ですが、それだけではありません。現代社会では伝統文化はどういう形になるのか、若い世代にどういう形で伝わっているかなどのトピックが出てきました。アイヌ語教室のシーンでは、大人の生徒が笑いながら楽しそうにアイヌ語を勉強して発音を練習しました。様々な人が集まって「チプサンケ」(伝統的な丸木舟おろし)に参加するシーンの中では、口承文芸(ユーカラ)の語り、踊、演奏と特別な祈りを行い、年齢とアイヌのルーツに関わらず、人が嬉しい笑顔でイベントに参加してアイヌ文化を体験していました。

▼2015年のチプサンケ

最後に

『Ainu|ひと』を見て本当に感動しました。それは、二風谷でのインターンシップをしていた時に、こういう伝統的な文化体験があったからだけではありません。溝口監督の作品の「馴染みのある」雰囲気、「親しい」雰囲気が印象に残りました。溝口監督は上映後に、作品制作のすべての段階でアイヌ民族のコミュニティーの意見と考えを取り込むことの大切さ、相手の自主性を守りながら、文化を保存するためのツールとして映画制作やメディアを活用する機会を提供することについて話していました。アイヌ民族「についての映画」ではなく、アイヌ民族と「一緒に作った映画」である、ということです。

マイノリティーグループ、少数派のコミュニティーと活動するにあたって、それは常に頭に残さないといけないことだと思います。障害者のコミュニティーでも、LGBT/SOGIのコミュニティーでも、少数民族や先住民族のグループでも、それは大事です。あるコミュニティーの夢、希望、ゴールや期待を一番本格的に表現するため、意思決定のプロセスから完成品を出すまで、すべての段階で親しく協力しなければならないと思います。

多くの障害者支援団体が述べているように、どんな活動でも「Nothing About Us Without Us」「私たち抜きに私たちのことを決めるな」ということを意識したいと思います。

ASTEMは、たくさんの障害者関連団体と協力して、さまざまなニーズに応えるよう心がけています。 アクセシビリティが必要な人たちに「Bring Accessibility」をするために、グローバルな多様性を実現するためにも、私たちは「Nothing About Us Without Us」の表現を心に残しておく必要があると思っています。

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